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透析家族の嫌われる勇気

旧ブログ名 透析生活日々徒然介護録あらためました。通院透析施設情報はブログ公開禁止命令署名要求をのみました、踏み絵を踏んだ透析家族の介護録です。

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クリスマスの約束

小田和正のクリスマスの約束 見ましたか?
小田さん70歳代で、あの歌声って奇跡ですよね。
癒されました。
ちなみに私、ヤイコさんのファンでもあります。(^-^)/

昔、若かりし頃、テンションとかエクボのくぼみとか頬が高いとことか、よく似てるって言われてました。
今は年齢重ねて頬の位置は下がりました。
エクボは変わらず維持できてますけど、あー、テンションは下がりましたね。
母の前では、めっちゃ いつも元気で、母の笑顔を見たくておどけたりしてテンション高めでしたけど。

クリスマスの日。
嬉しいことがありました。o(^▽^)o

自宅へ戻り、訪問診療で緩和ケアをスタートさせた友人から、メールが届いたんです。
きょうは、気分がいいよって。

ほっとしました。
いろんな思い出を大事にしていこうと思いますし、これからは私が訪ねて想い出を紡いでいきます。
友人を通して臨床心理士さんや緩和ケア専門の看護師さんとも出会えました。
ハンドベルを器用に操るドクターや、ビオラ奏者の医師も知りました。
友人は、ちゃんとした心のある医療者チームに支えてもらっています。
その中に、ちゃびん先生のところのボランティアさんたちもいます。
来年からは、私もボランティア支援ができるように準備していこうと思ってます。
友人にも、喜んでもらえたし、きっと待っててくれると信じて頑張ります。

私の住む町では、まだまだ緩和ケア病棟は30床しかありません。
しかも、診療報酬の都合で長期入院は難しい。
医療問題は広くて深くて複雑でわかりにくいです。
真摯に患者に向き合うことなく、医師なんだかエンターテーメントなんだかわからん人間からは免許剥奪してしまえばと、吠えたところで届きません。(♯`∧´)
障がい者の声は、かき消されてしまいます。

気を取り直して。。。(*´v`)

尊敬するクリスチャンドクターと、またお話しできる機会があれば、チェプレン活動のことやらヒーリングのことなど教えていただきたいですね。
町の推薦かかりつけ医の本を、いま、手にしていますが、やはりこの先生の病院はお名前はありました。
自分のやりたい放題な医師経営の病院は、当然のことながら登録はされていませんでした。
患者さんもコメディカルもアホではないので、いつか見限られるでしょう。

もうひとつの嬉しいクリスマスの出来事は、アート療法士さんとの出会いです。
ボランティアで出会いました。
これからは、一緒に患者さんのところへ行けると思います。

ダブルワークのひとつは、来年から少し出番を減らします。
その分をボランティアと、健康づくりと、心理と福祉の勉強に充てます。


中村哲先生、失血死でしたね。
母のことが蘇ります。
中村先生もクリスチャンでした。

わたしもバプテスマそろそろかなー。
でも、わたしにとって両親が一番の心の支えなので、まだ先延ばしかな?
聖書もしっかりと読み込めていませんし。
母に怒られるでしょうね。

母と父の子供に生まれてほんとうによかった。
当たり前に感謝しながら生きている自分を感じています。


| 母のことを想う | 21:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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中村哲先生の写真展に行く

中村哲医師を直接存じ上げる私ではないけれど。
かつて母がお世話になった医師が尊敬するのが中村哲先生でした。
そのチームに加わり国境なき医師団として任務にあたっていたという思い出話。
いまも、いつでも現地に赴けるような勤務体制を選んでいることなど・・・
そんなこんなが頭をよぎり。
さらには、とんでも医師が軌道を外れて、やりたい放題をしていると知るにつけ、なんとも複雑な心情です。

白衣を身にまとい賢そうな顔で歩く。
まるで装飾品のように医師という免許を使いこなす。
そんな医師もいるのが現実。

私は、まだ母の死の後悔を抱えたまま生きているのでしょうね。
真実は闇に消えてしまったけれど、どうぜなら尊敬できる医師の最善を尽くした結果であってほしかった。
いまだに、私にもっと危機管理能力があればと悶々たる歳月を送っているのです。
自分でも、この件に関してはしつこいなと思います。
そして、新聞広告の片隅に見つけた医療事故調査制度から目が離せないでいるのです。
ジコチョーしてもらうは、ジコチューなのかなんて。

ともあれ、わたしは、次なる目的に向って進んでいることは間違いなくて。。。
故意に自分の周辺に事柄や人脈を手繰り寄せて、忙しくし、疲れ果ててベッドに沈み込むような暮らしをしているのです。

朝に夕に外出時には母の遺影と、母のアルバムの傍らでほほ笑む心臓血管外科医と心臓外科医に、感謝の気持ちをこめ、きょうも患者さんの力になっていただけるよう話しかけます。
恨むよりも、それを反面教師に、自分は正しい医療者や福祉の世界の人たちと、ひとりでも多くの笑顔を見るために前をむかなければと言い聞かせながら。

撃たれても撃ち返してはならない。
中村先生は、そう言われたそうです。
先日、ペルシャワール会主催の写真展に行き支援者のお話を伺ってきました。
医療って、医者って何者なんでしょうね。
医師自身、どう考えているのでしょうね。

きょうは、病院ボランティアに出向きました。
クリスマス会に参加させていただきました。
もっともっと勉強をしていづれは緩和ケア病棟にも訪問できるような能力と人間力をつけていきます。
命ある限り、足が動く限り、私にできることの限界を定めないで、患者さんやメンバーさん、コメディカルさん、職員さん、勤務先で良い仕事をしていきます。
透析ママが、いつも見守ってくれています。
そして、縁がつながってる皆さん、縁あって出会った皆さんのことも、きっと母は守ってくれてます。
うちの母はそういう人なのです。
そんな母の娘なのですが、イマイチ度量が狭いので、あちこちで地雷も踏んでしまいます。
これ、全部、自分に戻ってきますのでね。
その時、気づいたとしても、それでよしとしています。

| 学び | 18:48 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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