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透析家族の嫌われる勇気

旧ブログ名 透析生活日々徒然介護録あらためました。通院透析施設情報はブログ公開禁止命令署名要求をのみました、踏み絵を踏んだ透析家族の介護録です。

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令和も母とともに

一緒に迎えたかった令和。

姿は見えないけど、近くにいてくれると感じてはいます。
不思議と奈落の底に落とされるほどの孤独感がありません。

が、どうしても辛抱たまらなく瞬間があります。
昨日今日と仕事でした。
その往復で救急車に遭遇。
あの、ピーポーを聴くと動機がしてきます。

額に汗がにじんできます。
目の前がぼやけてきます。
車は、停車せざるを得ません。
これをパニツクというのかと、案外冷静に考えてる自分がいます。

透析ママがいなくなり、死ぬのが怖くなくなりました。
自暴自棄になってるということではありません。
守るべきものがなくなったので、なにが起きても死ぬときは死んでいくんだろうなと思うようになってきたのです。

自分の生死に関しては、そんな感じです。
が、やりたいことに関しては妥協なしです。

いま、ここに生きる を大事にしながらも、夢は描いていて、そこに向かっています。

少々のことでは凹まない私は、心が強いとか鈍感だとか極端な評価を受けます。
当初は、そう思われてることに憤慨もしました。
ですが、そんなことどっちでもいいことです。
他人の感情は操作できませんし、そちらへ向けて努力する時間をほかのことに費やす方が建設的です。

今月は1周忌となります。
お世話になった方々へ、お礼のお印でもと考えています。

ただ、どうしてもお礼が言えない対象がいます。
無理をしないでおきます。
ほんとうに心から感謝できるようになるまで、いや、もしかすると生涯それはできないかもしれません。
正直、憎しみしかなく、それはこの先も続くような気がします。
なので、この感情が消えたとき、薄れたとき、感謝の気持ちまではいかなくても、もう許そうと思えたとき、お礼をしたいと思います。
けじめをつけようと思います。

こんな気持ち、母ならわかってくれると思います。
教育ママ時代の母なら、非常識なと嘆くかもしれません。
ですが、母は年齢を重ね透析時代を迎え、少しづつ自由で寛容で大胆でユーモアのある人に変貌しました。
本来の母が、こうだったということなのかもしれません。

晩年、あなたに似てきたわーーーと、言ってましたけど。
どういうこと?
と、聞いたら

意に介せず ということばが返ってきました。

うーむ。
よくわかりませんが。

こまかいことに動ぜず、ひょいと生きていたように見えていたなら合格かな。
介護がしんどそうに見えてたら、もう、最悪だなと、それだけはダメだぞと自分に課してましたので、よかったかなと思います。
事実、お世話は本当に楽しかった。
無理解な人間との軋轢はありましたけど、その陰で支えてくれる人に恵まれました。
困ったときの ちゃびん先生。いまは、わたしも友人たちも助けていただいてます。

さきほど、長い付き合いの友人が穫れたてのお野菜を届けてくれました。
来月は、一緒に香学の勉強会に参加します。
今月は、仕事の合間をぬってコンサートにも、緩和ケアの勉強会にも参加します。

お母さん、わたしののこりの人生は、鎌田實先生いうところの遊行となりそうです。
そして自省録にあるように、余得をもって生きるです。
いつも助手席にいてくれると思ってます。感じてます。
これからも、令和の時代もよろしく!
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